Interview





外資IT企業 アカウント・エグゼクティブ

芝軒 奈央さん

関西学院大学国際学部 2021年3月卒業

大学卒業後、マンチェスター大学大学院で人道主義と紛争対応学を修了。女性のエンパワーメントをめざすコミュニティ HerStory Japanを運営。「すべての生命が主体的に人生を最大化できる、公正で包括的な世界の実現」を理念に掲げる。2023年4月から現職にて、デジタルの力を活用した日本の社会変革をめざす。

  • 20代
  • 営業職
  • IT

ベストを尽くして応援するチアダンスの魅力

芝軒さんは小さい頃、心に傷を抱えた様子の人や手入れされていない植物を目にして、心の痛みを感じるようなところがあったそうだ。感受性が人一倍豊かだったのだろう。本を読むのが大好きでいろんな本からも影響を受け、気持ちや言葉を大事にする感性的なところは、今に至るまで変わらないという。

中学生の時、チアダンスを始めた。2歳上の姉がヒップホップダンスで世界大会に出場。ハードな練習を遅くまでがんばり、結果を出している姿に憧れたからだったが、始めてみるとチアダンスの魅力にはまった。

「チアダンスは、自己表現でありながら同時に人を応援するためのパフォーマンスというところが魅力的でした。人を元気づけるために自分を鍛え努力するスポーツ。大会でも、一緒に戦うチームがベストを尽くせるように応援をし合います。相手を負かして勝つというより、ベストを尽くすから勝つというところがすごく気に入りました」

3年生でキャプテンになったときは、「リーダーシップも技術もそれほどでもない自分が、どうしたらみんなをまとめられるのか」を真剣に考えた。60人ほどいる全部員がつけている練習ノートを見てコメントを入れ、書かれている内容に合った声掛けを一人ひとりにするように努めたという。

「『ちゃんと見てるよ、期待しているよ』と伝えるようにしたことで、だんだんみんなも信頼してくれるようになりました。私より統率力がある子が、代わりに練習を仕切ってくれたり。その時、1人で全部やろうとするより、いろんな優れたところのあるみんなを巻き込んだほうがいいと気づきました。1人の100歩より100人の1歩のほうが価値があるなと思えたんです」

中学3年の時、チアダンスの全国大会で5位入賞を果たした

高校になると、もっと広い世界を知りたいと、校外の社会人チームに所属し、関西学院大学に入学後も2年生まで継続。世界大会への出場という大きな目標を達成した。だんだんと強くなっていくチームの一員であることにやりがいを感じてはいたが、自分のなかでやり切ったという実感があったため、これを機に区切りをつけることにした。「チアダンスはときに肺がつぶれるかと思うほどしんどいスポーツですが、あきらめないで鍛え続けたら結果がついてきました。その経験から得たのは、『何があっても自分はやり切れる』という確信です。今、大変そうに思うことがあっても、絶対できると体当たりしていけるのは、チアダンスの経験があったからだと思います」

留学で味わった、何かがなくても満たされる経験

関西学院大学に行きたいと思ったのは、小学生の時と早かった。美しいキャンパスを見て、「ここで勉強するのは楽しそう」と直感して、関学に関係の深い中高一貫校に進学した。関学では国際学部を選んだが、それは異なる言語やカルチャーを学んで自分の中に新しい思考回路をつくりたいと思ったからだった。

「『女性ならこうあるべき』とか『世間で一般的に良いとされている人生を歩むべき』みたいな価値観を押し付けられる経験があって、ずっと違和感を抱いていました。多文化間を行き来することを通して異文化を単に知識として得るだけでなく、その文化の価値観や視点を深く理解して自分の中に取り入れることで、自分に埋め込まれた固定的な概念から自由になれる気がしました」

関学は、「英語はもちろん、第二外国語の習得にも力を入れられる環境が整っているのがうれしかった」と芝軒さん。フランス語を選択し、言語教育研究センターが提供する授業やインテンシブ・プログラムなど、学部外で開講されているコースも含めて目一杯学んだという。

「フランス語をさらに深めたくて、何とか最小限のコストでフランスへ留学できないか、必死で機会を探しました。すると、留学エージェントのアンバサダーとして留学経験を発信する代わりに、無償でフランス・カンヌへの3週間の語学留学ができるプログラムを見つけて。留学先の寮での共同生活はフランス語漬けでしたが、関学の授業で存分に鍛えてもらっていたおかげで何とか乗り切ることができました」

フランス留学中は語学学校の友人と一緒に、また一人でもよく近郊へ旅をした。これは、マルセイユに出かけたときのショット

さらに、大学2年の秋学期からは10カ月の交換留学にも挑戦。どうせ行くなら自分がとことん知らない国へと考え、留学先はスウェーデンの大学を選んだ。

留学先での経験は衝撃的だった。大学は自然に囲まれた場所にあり、おまけに冬は極夜といって一日中日が昇らない日がある。刺激とは縁遠いような環境の中で、現地の人たちは自然や人とのつながりを大切にしながら、豊かに、心地よく生きようとしていた。「何か」がなくても、満たされた気持ちになれることを初めて知った。

留学先の大学が開いてくれたWelcome Partyでの1枚。左から6番目が芝軒さん。「スウェーデン留学では多国籍の友だちがいっぱいでき、本当にインクルーシブな環境でした」

その一方で、日本にいるときとは違って、自分は何者なのかを問われることが多かったという。

「日本では、自己紹介というと年齢や出身、所属している学校とかをまず述べますよね。そんなプロフィールを話し始めると、『そういうことはどうでもいい。それより、君が何を考えていて、どういうことを大事にするかのほうが知りたい』と言われました。世間体を取り繕う必要はないという安心感があるかわりに、内面の深さや豊かさが問われます。自分自身、物事のとらえ方や考え方、めざす人間像などについて改めて向き合うきっかけになりました」

専門に学んだのは平和学と開発学。紛争など自分が経験していないことについて考え、意見を持つこと、それを論理的に述べること、すべてが難しく、まだまだ学び足りないという思いを抱いて帰国した。

物事に向き合い本質を理解しようとする人間に

帰国後は、大学院進学を視野に入れながら残りの学生時代にやりたいことを思いきりやろうと決心した。

たとえば、「TOMODACHIイニシアチブ」という日米の次世代リーダー育成を目的としたプラットフォームが運営するプログラムへの参加だ。日本の女子大学生を対象に研修を行い、社会で活躍する女性をメンターに、リーダーシップの理解やセルフブランディングについて学ぶものだ。芝軒さんはここで、自分の経験や語りを通じて人に刺激を与えている人の姿を目の当たりにし、自分もこうなりたいと思った。特に”Dream more, do more, become more(夢を描いたぶんだけ行動につながり、より大きく実現できる)”というメンターの言葉には、勇気づけられたという。

「それまで『自分はこうあるべき』『こういう人生を生きるべき』と心を制限していたところがありましたが、この言葉を聞いてから、純粋に自分の力と可能性を信じて生きようと思えるようになりました」

「TOMODACHI次世代サミット2023」に参加。歴代のTOMODACHIプログラム参加者150人が集まり、パネルディスカッションなどに参加した

またその後に参加した、福島へのスタディツアーも大きな実りをくれた。当時、東日本大震災から8年が経過していたが、福島にはいまだ荒廃した土地が多く残り、福島第一原発付近では除染車が行き交い、復興とは程遠い現状があった。一方で、震災の経験を生かしたドローンやロボットの開発など最先端技術の研究も行われていた。

「苦しみを抱えている人がまだたくさんいることを、テレビなどではもうあまり取り上げなくなっていました。時間がたてば忘れてしまうのが人の心なんだと再認識する一方で、実際に見た福島には光と影、いろんな要素があって、いつまでも被災地というイメージで見るのも違うと感じて。自分は、物事に向き合ってその本質を理解しようとする人間でありたいと思いました」

人道援助の倫理と女性のエンパワーメント

大学院への進学についても、芝軒さんは「思い切りやる」ことにした。「チアダンスの経験を通じて、正しい方向で苦しめば苦しむほど、自分は成長すると感じていました。だから、大学院進学を、人生そのものにぶん殴られるような経験にしたかったんです。チャレンジングな環境なら、やっぱり海外の大学院しかないと思いました」と振り返る。

進学先はイギリスのマンチェスター大学大学院。「人道援助の倫理」を専攻することにした。人道援助とは、紛争や災害に見舞われた人の命や安全を守ることを第一に行われる活動のことである。平和学を学べる大学は数多くあるが、人道援助学、中でもその倫理に焦点をあてて学べる大学は世界でも数少なく、進学先に選んだマンチェスター大学くらいしかなかったという。そんなニッチな学問に関心を持ったのは、異文化に興味を抱くきっかけとなった「他人や社会の期待や規範に縛られず、自分自身の価値観や信念に基づいて生きたい」という思いが根底にあり、また「自分だけでなく、誰もがそのように人生の質や長さを最大化できれば」という願いがあった。

「世界のあちこちで紛争や災害が起きていますが、被援助者を『救われるべき』存在と認識し、彼らの主体性を十分に尊重しない人道援助が行われていることがあります。直接的・社会構造的・文化的暴力に起因する紛争において、利他的かつ政治的な意図なく苦しみを軽減するという倫理的な努力について考えてみたいと思いました」

大学院では、特にジェンダーの問題に関心を持ち、倫理的でない人道援助を正当化するために、女性がどのように利用されているかについて掘り下げたという。

マンチェスター大学大学院時代は、寮に併設された図書館でよく勉強した

イギリスの大学院の修士課程は1年と短期で、それだけに学修は相当にハードなことで知られている。それにもかかわらず芝軒さんは、大学院生をしながらさらにもう一足のわらじを履いていたというから驚く。関学を卒業した後、大学院が始まる秋学期までの間に、日本で「HerStory Japan(HSJ)」という団体のメンバーになり、運営に携わるようになっていた。

HSJは、女性が直面する課題に自分なりの答えを見つけていくためのヒントを提供する活動を行っている。ゲストを招いたトークイベントやワークショップ、ネットワーキングの機会を通じて女性同士がつながり、多様なロールモデルと出会うことをめざしている。

「本当にいろいろなタイプの女性がゲストになっていて、社会的地位があるかどうかに関係なく光を当てるようなその姿勢にとても共感しました。参加者の皆さんが『みんな悩んでいるんだ』とか『こうしたらいいんだ』とか、インスピレーションを得る機会に立ち会えるのがうれしいです」と活動のやりがいを語る。

「HerStory Japan」の活動で今、力を入れているのが、ポッドキャスト配信。多様なキャリアストーリーを多くの人に届けている

見えないもの、気づかないものの価値を信じる

大学院での学び、女性を保護するシェルターでのボランティア活動やHSJの活動と、寝る間も惜しむようなエネルギッシュな生活の中で、芝軒さんは徐々に進路に対する思いを固め始めていた。

「私がこれまでの学びや経験を通じて実現させたいと思うようになったのは、大きく言えば、『人と社会の可能性を最大化する』ということでした。多くの場合、精神的な制約が人々の可能性を制限しているように感じます。社会の固定概念や他人との比較によって、自分にはできないと思い込んでしまうことが多いのです。これにより、本来持っている能力や才能が発揮されないままになってしまいます。さらに、貧困や差別などの社会構造や人道的危機も大きな障壁となる場合もあります。でも、単に『ラブアンドピース』を掲げるだけでは、現実の世界は簡単に動いてくれません。そして、まずは自分が社会のしくみを知らないと何もできないと感じました。そのため、世界レベルの企業に入って、人や組織やお金がどのように動いているのかを学びたいと考えるようになりました」

いろいろ探す中で、世の中の人と組織がより多くのことを達成できるようエンパワーメントすることをミッションとするIT関連の世界企業と出会う。ITの知識はまっさらだったが、世界規模で芝軒さんが描く願いを実現しようと思うならITが強力な手段・ツールになるのは明らかだろう。しかも、製品も市場も世界規模で展開している企業なら学ぶことも多いと、飛び込むことに決めた。

現在、金融機関向けの法人営業として、単に製品を売るのではなく、社内外の各スペシャリストと連携しながらお客様の課題や目的を明確化し、最適なソリューションを提供する業務を行っている。IT分野はゼロからのスタートだが、「答えのない正解を求めるために、多くのリソースを集め、自分なりに仮説を立ててロジカルを積み上げゴールに導く」という大学院時代の経験は、今の仕事で求められるスキルと重なる部分も多いという。

「私は人や組織のよさや可能性を純粋に信じるタイプ。だから、ITやAIなどで誰かのやりたいことをお手伝いし、目標を達成するまで伴走するような仕事にはやりがいも大きいです。実際に、世の中にインパクトを与えることができる喜びも感じます」

生きるうえでかなえたい目標について話す芝軒さん。考え方や行動には、中学時代から親しんできたキリスト教主義教育の考え方の影響もある。「光を燭台の下に置くのではなくて、人々の前に輝かしなさい」という聖句もよく思い出すもののひとつ

留学で異文化に身を置き、平和学や人道援助の倫理を学んだ。その一方で福島への訪問やHSJでの活動から、生き方に思い惑いつつ決断していく人たちにふれた。それぞれの濃密な経験を糧にして、「人と社会の可能性を最大化したい」という大きな願いを抱いた芝軒さん。そのために、あらゆることの潜在的な価値や可能性を信じることから始めようという姿勢は、これまでの活動でも今の仕事に就いてからもぶれない軸だ。

芝軒さんが自分も含めた人間と社会の可能性を信じられる土台には、持ち前の豊かな感受性やチアダンスの経験があり、さらに中学・高校・大学と10年間浴びてきた聖書や讃美歌の影響もありそうだ。「ふとした時に聖書の言葉や讃美歌の歌詞を思い出し、その言葉がすっと心にしみるときがあるんです」と芝軒さん。あなたには賜物があるからそれを使いなさいという「タラントのたとえ」は好きな教えで、自分の考えと重なっていると感じている。

「誰の中にも、まだ表れていない原石のような良さとか可能性があります。そのことを認識し、無条件に大切に想い、活かしていこうとすることが、自分らしく生きていくことにつながるのではないでしょうか。私はこれからも、可能性や希望を信じて、自分自身や社会の最善に向かって挑戦を続けていきたいと思っています。泥臭く努力したりもがいたりする姿を通じて、誰かにいい影響や気づきを与えられるとしたらとてもうれしい。それこそが、私が挑戦し続ける源なのかもしれません」