Interview





コミュニティデザイナー

加藤 麻理子さん

関西学院大学総合政策学部 2010年3月卒業

大学卒業後、不動産ディベロッパー、都市計画のコンサルティング事務所で働き、関西各地で地域活性のプロジェクトの立ち上げを経験。現在は大阪阿倍野を拠点に「THE MARKET」「BLENDS books & share」を運営。店舗、イベント、ローカルメディアを活用しながら人と人をつなぎ、まちに変化を起こすコミュニティづくりを行っている。また、地域発の女性のチャレンジをサポートするコミュニティ「Her+(ハープラス)」を主宰。2児の母でもある。

  • 30代
  • クリエイティブ職
  • まちづくり

人に喜んでもらうことが好きだった

幼少期は「自分のやりたいことよりも相手を優先する、八方美人な子どもだった」と振り返る加藤さん。悩んでいる友人の話を親身になって聴き、手紙を書いて励ますなど、求められることに合わせて「喜んでもらえたらうれしい」と思う一方で、人の顔色をうかがうことに疲れることもあったという。しかし高校に入ってできた友人が、自身を変えるきっかけとなった。

「フルートをやっていたその子と、音楽のユニットを組んだんです。私は5歳頃からピアノを習っていたものの、人目を気にして学校で弾くのは苦手だった。だけど彼女は、周りをまったく気にしないタイプだったんですね。常に素のまま過ぎて戸惑うときもあったんですが(苦笑)、おかげで気を遣わずに済みましたし、その“自分は自分”な部分に影響され、私も自分をそのまま表現できるようになっていきました」

より自由に振る舞えるようになりつつも、変わらず人に喜んでもらうことは好きだった。地方公務員だった母親は、石川県政で初めて女性で部長職に就いた人物。仕事と家庭の間で葛藤しながらも、自分が求められる場所でしっかりと役割を果たしてきた母の姿を、密かに尊敬していたという。そんな加藤さんが携わってみたかったのが国際協力。他大学にも合格していたが、キャンパス見学時に「風通しがよく、開けた印象」を感じ、関西学院大学の総合政策学部に進学する。

「高校時代、1カ月ほどカナダに留学し、世界の人たちと関わることに興味がわいたんです。だから、大学でも海外には行きたいと思っていました。それで、イタリアの都市政策や都市計画を研究する加藤晃規先生のゼミに入りました。動機は不純ですが、先生のゼミは、現地でのフィールドワークも行っていて、イタリアに行けるからというのが理由でした。実際、3年生のときにローマやフィレンツェから電車やバスで4~5時間かかる小さな田舎まち・ウルビーノやメルカテッロを訪ねたのですが、そこがとてもよかったんです。朝はバルでエスプレッソを飲みながらおしゃべりをし、街をまわっている商売人からものを買い、週末は古い教会の前で学生がファッションショーをして……と、人々の暮らしがとても豊かに見えました。そういった日常の風景や人と人とのふれあいのなかにある文化が素敵に見え、まちづくりに携わりたいと思うようになったんです」

加藤ゼミで訪れたイタリア・ローマにて

大学4年間を通じて打ち込んだのは、ダンスサークルだった。先輩たちのパフォーマンスに惹かれ、アフリカンダンスを選択。民族楽器サークルの学生たちにアフリカの太鼓、ジャンベを演奏してもらい、日夜練習に明け暮れた。

「踊りにも意味があって、日常や文化の節目節目に根付いていておもしろい。ジャンルや回生を超えた有志でチームを組んでコンテストにも出場しましたが、それぞれの個性が際立ちながらも、みんなで一つのものをつくりあげるというのがとても楽しかったですね。そういう人と人との関わり方が好きなのは、今に通じています」

ダンスサークルでのステージ風景。ダンスのルーツでもあるアフリカンダンスは、太鼓の音が体内に振動して元気になれる効果もあり、今も続けているという

一人ひとりの顔が見えるまちづくり

就職活動は「まちづくり」をキーワードに進め、大阪の不動産ディベロッパーに就職。入社し半年ほど経った頃、当時、立命館大学で教鞭を執りながら都市計画のコンサルティング事務所を主宰していた高田昇教授と偶然出会う。そして終業後にインターンとして事務所へ通い、休日にはイベントの手伝いなどもさせてもらうようになった。

「就職した会社ではビルの開発やテナントのリーシングを手がけていたんですが、まちの人の顔が見えず、私の思っていたまちづくりじゃないなと思ってしまったんです。1階のオープンスペースにおもしろい人たちを呼んでイベントを催すことも、そのビルの価値を高め、まちづくりにつながっていくと提案し、実行させてもらったのですが、大きな組織で前例のないことをすることは想像以上に難しかったです。そんななか、高田先生のもとでは、まさに自分のやりたかったまちづくりに携わることができました」

それからは関西各地で地域活性のプロジェクトを経験。主にはマーケットイベントの立ち上げを担当した。開いたマーケットが、何かをやりたい人にとってチャレンジできる場にもなる。「場づくりの集合体が都市」だと考えていた加藤さんにとって、人と人とがつながり、そこから何かが生まれる循環は、やりがいを覚えるものだった。

「マーケットイベントの立ち上げ以外にもいろんな事業を経験しました。たとえば福知山城の前の空き地を公園にして、いくつか建物をつくり、福知山出身の世界的なパティシエに出店してもらうなど、新しい視点で福知山を捉えるリーシングに力を入れました。私がやりたかったのは、ゲームセンターや薬局、携帯会社を呼び込むリーシングではなく、これだったんだと。自分が100%やりたいと思える仕事だったので、どんどんのめり込んでいきました」

加藤さんが大阪市内の商業施設「なんばパークス」で開いたマーケットイベント

混ざり合い、つながりが広がる楽しい場所を

やがて学生の頃から高田教授を師事していた同業の男性と結婚。そのタイミングで彼の経営する会社へと籍を移す。新婚旅行で訪れた米国フロリダ州では、ファーマーズマーケットやワークショップなどを代わる代わる行う小さな施設が校区単位であることに感銘を受けた。その後、自身の住む大阪市阿倍野にあった空き店舗のスペースで、アメリカで見た小さな施設、常設のマーケットの構想をしはじめる。

「仕事では、いろんな地域でマーケットを催していましたが、頻度は概ね月に1回だけだったんです。もちろんそこからいろんなものも生まれてきたけど、活発にしたかった人と人との関わりは、思っているよりかはなかったんですよね。マーケットのワクワク感や、そこから何かが生み出されていく感覚を、もっと日常に落とし込みたいと思いました」

そんな最中、店舗のオーナーから「借りてもらえないか」という話もあり、店舗運営について社内で検討することに。もともとお店がやりたくて始めたわけではなく、まちづくりをしたいという想いでスタートした週末イベントだったが、10カ月ほどいろいろと試みて常設を決めた。そして、2018年5月、BBQスタイルのレストランとベーカリーカフェ、2つの店舗が入ったフードコート「THE MARKET」をオープン。さまざまな業種の人たちと力を合わせ、商品を卸してもらう形で運営した。

「THE MARKET」の工事前に行った実証実験マルシェの様子

一方で、加藤さんはもうひとつ大きな転機を迎える。「実は、『THE MARKET』をつくろうと決めたタイミングで、妊娠がわかったんです。なので、はじめての出産とTHE MARKETの誕生が重なりました」

「お店にやってくるのは、お客さまというより仲間や友人のような感じ。すごい勢いでつながりが増え、子育てについてもいろいろ教えてもらいました。だけど働きながら母親をすることの大変さも身にしみました。私自身、やる気にあふれていたものの、授乳やおむつ交換などで思うように動けず……。夫ともう1人のオーナーと共同で経営していたんですが、私は夜も自由が利かないし、ちょっとした余白の時間もない。夜閉店後の雑談時など自分が関われないときに、ビジネスアイデアが出たり新しいことが決まったりするのがもどかしくもありました。一方、子育てがはじまったことで、まちへの愛着は増し、『個性豊かな人たちをつなげて、サポートしたい』という思いがいっそう高まっていきました」

気持ちも時間も折り合いをつけるのは大変ながら、まちづくりは着実に進展。「THE MARKET」にほど近い場所に空き店舗があり、2020年11月、オーガニック野菜と食品の専門店「THE MARKET grocery」をオープン。また、そこに併設する形で、2022年にはシェアスペース「BLENDS books & share」も開設した。

「もともと私たちはお店をやりたかったわけではなく、まちづくりがしたくて店舗運営をはじめました。だから、まちに足りないものをつくっていく発想で何をつくるかを考えました。『THE MARKET grocery』では、野菜を通じて農家さんを間接的に知ることはできても、それ以上の関係性を築くのは難しい…という課題があり、場所があれば、農家さんにワークショップを開いてもらうことも可能だなと思いました。お客さん同士も顔見知りになり、つながったらおもしろいことが生まれそうだと思うのですが、それにもやっぱり場所が必要です。仕事も遊びも大人も子どもも全部混ぜて、新しい価値観に出会え、つながりが広がる楽しい場所をつくりたいと、『BLENDS』と名づけました」

「BLENDS books & share」の1階は絵本が並ぶレンタルスペース、2階はクリエイター向けコワーキングスペース、広場はコミュニティガーデンとして運営。ポップアップショップやワークショップ、セミナーなどにも活用している。

「各地からお菓子やお弁当を売りに来られたり、ママ向けにファイナンシャル・プランニングの講座を開いたり、ハンドメイドの親子体験教室を行ったりと、皆さんのご要望にお応えする柔軟な場所にしています。とはいえ、今でこそ活動できていますが、開設直後は、生まれたばかりの2人目の子どもがすぐ手術をしないといけないような状態で、私自身、2年間ぐらいほぼ動けなかったんです。出産するまでは、なんの迷いもなくやれていたことも、当たり前じゃなかったんだということに、1人目のとき以上に気づかされました。一連の経験から、ライフステージの変化が大きいなかで、自分のことを後回しにしがちな女性たちを応援したいという想いが、強くなっていきました」

「BLENDS books & share」での1コマ。加藤さんが携わるコミュニティ活動の拠点にもなっている

自分らしい表現ができる後押しを

2023年秋からは「BLENDS books & share」を拠点に、女性を応援するコミュニティを主宰。現在は、自分らしい生き方を応援するプラットフォーム「Her+(ハープラス)」へと成長させ、ジェンダーギャップのない世界をめざし、全国に広がるメンバーでマルシェや勉強会、交流会などを行っている。

「シェアスペースがない頃から、『国際女性デー』である3月8日には毎年イベントを催し、子育てをしながら働く中で、抱えている悩みをシェアしていました。だけど1年に1回だと、そのときは盛り上がるものの、なかなかアクションにつながらない。そこで有料のコミュニティを立ち上げ、2カ月に1回ぐらいのペースでゲストを招いてお話を聴き、間の月には、それぞれの活動報告やフィードバック会を開くようにしました。スタート時は女性の問題として捉えていたんですが、海外の事例も含めて学ぶなかで、社会課題なんだと再認識するようになっていって……。それで、閉じられた空間でモヤモヤを発散するのではなく、小さくても前に進むアクションを起こしていける団体になろうと変わっていくことを決めたんです」

それぞれの理由で挑戦しづらい人たちが、世の中にはたくさんいる。そんな人たちが小さな一歩からでも、ステップを踏んでいける応援がしたい。そう考え、2025年4月に株式会社HerPlusとして独立。女性の創業支援はもちろん、中小企業や個人事業主のブランディング、情報発信のコンサルティングやデザインサポートなども行っている。

これまでの活動を通じて広がったつながりがHerPlusの仕事に派生していることもあり、「純粋に応援したいクライアントばかりで、とてもやりがいがある」と加藤さん

「女性の応援に力を入れ始めてから、女性に限らず誰もが自分のやりたいことにチャレンジできる社会を実現したいと思うようになったんです。周りからどう見られているかとか、こんな年齢だからとか関係なく、一人ひとりが自分らしい選択をして自分らしい表現ができる後押しをしたい。そのための仕組みを、まちというフィールドにつくっていきたい。それが私のめざすコミュニティデザイン像です」

まちもビジネスも、流れが滞ると悪くなる。「常に循環し、風通しのいい状態が、ベストなあり方だと思う」と加藤さんは言う。常に新しい人やものが入ってきて、新しいものが生まれるまちづくりの場が日本中にできればいい。「まちが活性化していく仕組みづくりも手がけたい」と力を込める。

「まちづくりって、結果が出るのが10年後かもしれません。見返りを期待してやるようなことじゃないし、そのまちや人々への愛情がなければ続けられないと思うんです。現在は都心部ですが、今後は地方にも出向きたい。オンラインが発達したとはいえ、地方はまだまだ選択肢は多いわけではありません。誰かが挑戦できる土台をつくり、人と人とがつながって何かが始まれば、大きなインパクトを与える可能性を秘めています。私自身も成長を続けて、地域や次世代に貢献していきたいと思うんです。私は大学時代、“Mastery for Service”を特別に意識したことはなかったのですが、意外に自分の中にあったというか、あの頃に根付いていたのかなと今になって感じています」