善意が自己満足で
暴走しないよう
ブレーキをかける、
“おせっかい調整力”
大阪のおばちゃんが飴をくれる優しさのように、一歩踏み出す行為が隣人を孤立から救うこともある。一方、おせっかいは相手のおかれた状況への想像が欠けたとき、押し付けへと転じてしまう。日本の標準身長より二標準偏差低い(下位約2.5%に相当する)148cmの私は、イギリス留学中、日本より一回り大きな便器に座った際トイレの穴に落下しそうになり、「標準」から逸脱する不便さを体感した。想像力や共感性に自負があったとしても、生きづらさは当事者にならねば掴みきれない。私が巨人の困難を完全には理解できないことと同じだ。「奉仕」はときに「尽くす側/尽くされる側」という非対称な力関係を生み出してしまう。だからこそ、善意が権力や抑圧へと変質する瞬間に自覚的である必要がある。他者を想う厚かましさと、「無知の知」への自覚の両方を鍛錬し続けることが、私の考えるMastery for Serviceである。
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