Interview





btrax Japan, LLC. サービスデザイナー

前田 瑞歩さん

関西学院大学国際学部 2019年3月卒業

大学ではサンフランシスコへの交換留学、内閣府「世界青年の船」日本代表青年として世界11ヵ国240人の青年と1ヶ月船旅をするなどの経験を通して、世界中の人をエンパワーメントする事業を創ることを志すようになる。卒業後パナソニックへ入社した後、2020年経産省/JETROの起業家育成プログラム「始動Next Innovator」に参加。約2年間、社内起業家として性被害の課題を解決する事業を推進した。現在はデザイン会社btraxで、日本とシリコンバレーを舞台にグローバルなビジネス創出を行う。

  • 20代
  • 企画・マーケティング職
  • IT
  • 芸術・エンタメ

高校時代に抱いた夢「世界で戦えるようになりたい」

前田さんは小さい頃、一人でいる時間に絵を描いたり、まだ世の中にない商品のアイデアを考えたりすることが好きだったという。架空のテーマパークを想像し、そのしおりを作ったこともある。「考えてみれば、今の仕事につながるような興味を小さい頃から持っていたんですね」と前田さんは振り返る。

中学からグローバル教育で定評のある私立の一貫校で学び、高校1年の夏休みにイギリスで3週間の語学研修に参加したことが、前田さんのその後に大きな影響を与えた。キングストン大学のキャンパスで開催され、ヨーロッパ各地からやってきた英語を第二言語とする同世代の高校生たちと一緒に学ぶプログラムだった。

「他国の高校生は意欲的に英語で発言をしているのに、私は英語になると言葉が出てこなくて思うように発言できませんでした。それまで英語は得意という意識があったので、ネイティブじゃないのは同じなのにどうしてこんなに差があるのかと悔しくて。授業以外にも、自分の特技を発表するイベントや、ちょうど開かれていたロンドンオリンピックの観戦などで彼らと一緒に過ごし、その明るさやフレンドリーさに惹かれました。彼らのような能力や人となりから学び、世界で戦えるようになりたい、と強く思いました」

イギリス研修から帰国すると、英語の学習により力を入れ、自分を成長させる取り組みに積極的に参加するようになった。実用英語技能検定準1級取得をめざし、高校3年で目標を達成。高校2年の春休みには、シアトルでの10日間の語学研修プログラムにも参加した。また、所属していたバトントワリング部では自ら手を挙げ部長を務めるなど、新しい挑戦を求めるようにもなった。

「世界で戦えるようになりたい」と決意した、高校時代のイギリス語学研修プログラムでのワンシーン

勉強熱心で、活動的な生活をおくる一方、家庭の事情もあり「自立」を意識するようになった出来事があったという。「私は、両親が少し年を取ってからの一人っ子。今振り返っても、大事にされて育ったと思うのですが、母は体調を崩すことが多く、幼い頃から定期的に入退院を繰り返していたんです。父も仕事で忙しく、家の用事を頼りづらい状況でした。そのため、成長するにつれて、自分のことは自分でするのが当たり前になっていきましたし、自立しなくては……という思いも強くなりました」

海外プログラムやビジネスコンテストに全力疾走の関学時代

関西学院大学国際学部へ進学すると、グローバルに戦える能力を身につけるため、語学はもちろん文化や経済、社会まで幅広く学んだ。

「入学後すぐのことですが、国際学部には留学生も多いせいか、日本語じゃない会話も周りから聞こえてきたことを今でも覚えています。いろんなバックグラウンドを持つ人と出会えるんだなとすごくワクワクしました」と前田さん。関学にはグローバルな体験ができるチャンスがいろいろある。思い切り活用しようと、日本人学生と留学生の交流イベントを学内で主催したほか、交換留学生のお世話をするバディ制度に応募。海外プログラムにも積極的に参加した。

「世界で戦えるようになりたいという夢はあったものの、業界や分野などの具体的なイメージまでは絞り込めていませんでした。ただ、何か企画をして新しいものを創り出すようなことが好きという漠然とした思いはあって。とにかく『アイデア・創造・思考力×グローバル』みたいな軸で能力を磨けるようなプログラムがあれば、どんどんやってみようと。夏休みや春休みの長期休暇には何をするのか、何を学ぶのかを意識して過ごしていましたね」

1年生の夏は、東南アジア4カ国をめぐる「ASEAN Project」に参加した。春にはロサンゼルスのマイクログリーン(芽を出してすぐの栄養価の高い野菜やハーブ)の栽培や販売を手掛ける企業で、1カ月のインターンシップを体験。新たなマーケティングプランを提案し、社長から高評価を得た。

2年生では、秋学期から1年間、サンフランシスコ州立大に留学した。この留学で語学力が一気に伸びたが、それ以上に「ありのままの自分でいられるようになったことが収穫だった」と前田さんは話す。あるアメリカ人の学生の誘いを受けて、日本人留学生のサポートをする学生団体の運営メンバーとして活動しました。「最初は英語でうまくコミュニケーションが取れなかったり、積極的に行動できなかったりすることもありましたが、現地でできた友達にそういうありのままの自分を受け入れてもらえたという実感がありました。そこからだんだん自信がつき、素の自分を出せるようになったんだと思います」

3年生で参加した内閣府主催の次世代リーダー育成事業「世界青年の船」も、自分の殻を破る大きな経験になった。「世界青年の船」は、日本と世界各国の若者が約1カ月、船で共同生活し、英語でディスカッションや交流を行うというもの。「電波も国境もない特殊な環境で、自分の身一つで他国の人と交流する特別な時間だった」と前田さんは振り返る。船の中ではテーマを決めたディスカッションや各国の文化や歴史を紹介するイベント、参加者自身が主催して経験や知見をシェアするセミナーなど、さまざまなプログラムが行われた。

「世界青年の船」では、「世界中から集まった仲間と、とことん本音で語り合う時間がありました」

前田さんも1時間のセミナーを主催することになったが、ここでは自分が体験した性被害について話をした。高校時代、帰り道に身体を触られるという被害が2年ほど続いたことがあり、「なんでこんな目に遭わないといけないのか」とずっと心に引っ掛かっていた。こんな体験を人に話しても気持ちの良い話ではないし、被害を受ける側にも問題がある、といった受け止めをされる可能性もあり、話をするのには勇気が必要だった。それでも、これまでの交流を通して各国の参加者たちに信頼感を抱いていた前田さんは、ここなら自分の経験を公表してもきっと受け止めてくれる、このテーマを共に議論することは大事だと考えたのだ。

「思い切ってやってみると、すごくいい経験になりました。終わった後、何人かが『こういう話ができる機会はなかなかないので、話ができてよかった』とか『あなたの経験を共有してくれたことを誇りに思う』と言ってくれました。私の体験を受け止め、理解してくれる人がいることにとても励まされました。

あとで知ったことですが、私のセミナーには他のセミナーと比べても多くの人が集まってくれたそうです。国を超えて性被害の問題に多様な観点から関心が向けられていることをあらためて知り、こういう経験について考え発信することが誰かのためになる、とわかりました。また、このセミナーでのディスカッションを通して、性被害の捉え方や、恋愛関係におけるコミュニケーションの取り方は、国や宗教、文化によって大きく異なることを知りました。この経験で、いろんな文化的背景を持った人とのコミュニケーションにおいて、『自分の当たり前は相手にとって当たり前というわけではない』と一度立ち止まって考えることの大切さにも気づけました」

海外プログラム以外でも、全力疾走の学生時代だった。西宮市主催の学生ビジネスプランコンテストに参加し、市内で作り続けられている伝統の和ろうそくを若い世代に届けるビジネスアイデアを考えた。さらに、「世界の中の日本」をテーマとする丸楠恭一教授のゼミでは、政治や社会・文化、メディアなど幅広い視点で国際社会と日本について、ゼミ仲間と熱心にディスカッションを続けた。

「関学時代を振り返ると、『好奇心』『負けず嫌い』『心配性』が私のエンジンだったかなと思います。将来に対する不安や疑問を解決しようと、いろんなことに飛び込んで経験やスキルを身につけ、動きながら考えていた、みたいな感じでしょうか」

サンフランシスコ州立大学での交換留学をはじめ、関学時代の経験はその後の人生のベースになった

会社員生活のかたわら「人生をかけて」取り組んだ課題解決

そんな中、3年生のときにあるキャリアセミナーで、「デザイン思考」という言葉に出会う。デザイン思考とは、ユーザーやその暮らしに共感し、人々が自覚していない本質的な課題や願望を見つけ、その課題を解決するための新しい体験やサービス、仕組みを作り出すためのマインドセット・手法のことだ。学べば学ぶほど、「自分がやりたいことはデザインだったんだ」と腑に落ちたという前田さん。つかみどころがないように思えた「自分がなりたい未来」の輪郭が見え始めた。

グローバル、それも普段日本との関わりが深い国々だけでなくもっと広く全世界の人たちに、デザインの力で役に立てるようになりたい。この大きな目標に向けてキャリアを磨く場として前田さんが就職先に選んだのが、パナソニックだった。グローバルな事業展開をしており、若いうちから商品企画や新規事業に挑戦して力を磨くことができる環境に惹かれた。

入社して海外マーケティングの部署に配属され、2年間は、冷蔵庫と洗濯機の販売データや市場の分析を担当。マーケティングに必要な基礎知識を身につける良い経験になったという。新型コロナウイルスの流行が始まった頃からは、デジタルマーケティングの強化など部署内でも新しい取り組みに参加させてもらうようになる。

「これは半分黒歴史なんですが……、入社して配属が決まった最初の歓迎会で、自分のことをよく知ってもらおうとこれまでの海外プログラムやビジネスプランコンテストでの活動内容をまとめたファイルを持参し、上司に『こういうデザインの仕事がやりたいです』とプレゼンテーションをしちゃったことがあるんです(苦笑)。ただ、それを覚えてくれていた上司は、新しい取り組みがあると声をかけてくださって。機会を与えてもらえることが本当にうれしかったです」

さらに入社1年目から、新規事業に興味を持つ有志社員が集まる勉強会にも参加し、毎週業務後に市場や業界の動向、技術や消費者のトレンドなどについて議論したり、関連書籍を輪読したりすることで知見を深めた。その勉強会の先輩にすすめられたのが、経済産業省/JETRO主催の起業家育成プログラム「始動 Next Innovator」への応募だった。約4カ月のプログラムの中で事業案を磨き上げ、最終ピッチ審査で選抜された参加者は、アメリカ・シリコンバレーでの研修プログラムに参加し、現地の起業家やベンチャーキャピタリストなどとの人脈をつくることができるユニークで実践的なプログラムだ。

「とにかく何か事業をデザインしてみたい、という気持ちが高まっていたところへコロナ禍で時間に余裕ができ、ちょうどいいチャンスと挑戦したんです。新規事業を生み出すのは本当に大変だと聞いていたので、私の人生をかけて取り組めるようなプロジェクトにすべきだと考え、『世界青年の船』以来、社会人になったら挑戦したいと考えていた性被害の課題解決をテーマに新規事業案を練ることにしました」

経済産業省/JETRO主催の起業家育成プログラム「始動 Next Innovator」に参加し、シリコンバレーで新規事業プランを発表

過去に応募した先輩などさまざまな人と議論する中で生まれたのが、「歩行者版のドライブレコーダー」というアイデアだった。360度撮影できるキーホルダー型の小型カメラのようなデバイスである。性被害者の多くは、誰にも相談できず、相談しても信じてもらえずに泣き寝入りしてしまう現状がある。その背景にあるのが「証拠がないこと」だと考えたからだ。

「被害にあったあとの証拠収集ではなく、性被害の予防にもっと注力すべきではないかということは、事業化するかどうかの審議の場でも突っ込まれたところでした」

これに対し、性被害を防ぐにはどうしたらいいかを考える材料として、加害者にもインタビューをしたという。結果は想像を超えていた。暗い道を歩かない、防犯ブザーを鳴らすなどの一見効果がありそうな防犯対策について、実は逆効果になることがあるとわかり衝撃を受けた。加害者の思考にふれ、前田さんは直接的に性犯罪を防ぐ難しさをあらためて感じたという。

そんな中、『世界青年の船』で出会った人の紹介やSNSでも呼びかけ、性被害を受けた人や専門家など、国内外の約70人にヒアリングして印象的だったのは、「被害を信じてもらえなかったことが何より辛かった」という当事者の一言だった。多くの被害者は、証拠がないために相談できず、相談してもなかったことにされてしまい、その結果、加害者が野放しになって再び被害が起こるという悪循環に直面している。だからこそ、被害を「なかったこと」にしないこと、専門機関に不安なく相談できること、そして適切な対応がきちんとなされる環境を整えることが、本当に被害をなくすための第一歩だと考えた。

このビジネスプランは約100人の参加者の中から上位20人に選ばれ、社内の新規事業プログラムにも選出された。商品開発までこぎつけたが、所属部門の方針が変わり活動を中止することとなり、事業化には至らなかった。3カ月ほどは社内外で実現の道を探ったが、それもうまくいかなかった。「発売一歩手前まで行っていたので、購入予約をしてくださった方や『これがあれば人生が変わります』と言ってくださった方もいて、本当に申し訳ないことをした」と前田さんは悔やむ。

「自分の能力が不足していたんだな、と反省しました。本当にユーザーの方々が心から喜び、心から愛してくれるようなサービスやプロダクトを形にする力を鍛えたいと、社外に飛び出す決断をしました」

人に寄り添いエンパワーメントするデザイナーとして

転職先として選んだのが、現在、前田さんが所属するbtrax Japan(以下、ビートラックス)だ。ここは、デザイン思考やUX(ユーザー体験。製品やサービスの利用を通じて感じる体験全体)に力点を置いており、企業の新規事業開発や組織変革を支援するデザインやコンサルティングを主な業務としている。前田さんが起業家育成プログラム「始動」で上位者に選ばれ、シリコンバレー研修に参加した際に、メンターとして研修に関わっていたビートラックスの社長と知り合った。その縁で、「ぜひ御社で修業させてほしい」とメッセージを送り、その後入社することとなった。現在、前田さんの肩書は「サービスデザイナー」なのだという。

「それって何、とよく聞かれます。両親に理解してもらうために、わかりやすい資料をつくってプレゼンテーションしたぐらいです(笑)。サービスデザイナーは、本当に人が求めるもの、心の底にある本音を引き出し、求められているサービスや製品を作っていく仕事です。そして、課題の解決策をプロトタイプ(試作品)として素早く形にし、それを顧客に試してもらいながら検証します。そのサイクルを回し、本当に顧客に愛されるサービスや製品になるよう磨きあげていきます」

心の奥底にある本音はどのように探るのだろうか。

「たとえば、アメリカに住んでいる日本のポップカルチャーが好きな人に向けたプロダクトのアイデアを考えるとすると、アニメイベントに足を運んで来場者やコスプレイヤーにインタビューしたり、日本のカルチャーやプロダクトが集まるエリアに行ってどういう人がいるのか、何を買ったり楽しんだりしているのか観察します。正面から聞いてもなかなか本音は出てきませんが、インタビュー後の雑談中にポロっとその人なりの価値観が顔を出したり、持ち物や歩き方にその人の生き方や考え方が垣間見られたり。いろんな角度から情報を掘り起こし、それらをつなぎ合わせ、私たち自身がユーザーに憑依するような気持ちで物事を見ていくことで、だんだん本質に近づいていくことができると思っています」

ビートラックスでは、サンフランシスコで実施しているデザイン思考研修のファシリテーションなど、人や組織の育成も担当

相当に手間がかかる作業だが、真にユーザーを理解し、本当に愛されるものを生み出すには避けては通れない道だ。大きな市場シェアを獲得するようなサービスやプロダクトをつくるには、ターゲットを広くとればよいと思われがちだが、意外とそうではないと前田さんは言う。パナソニックで挑戦したビジネスプランも、性被害を受けた人の中から同じ年代・性別・エリアに絞っても価値観はそれぞれ大きく違っていた。「東京在住の20代女性」といったあいまいなターゲットの設定では、結局誰にも届かないものができてしまうのだという。

「仕事の経験を積み重ねながらわかってきたのは、いろんな人に届くという余地を残しつつも、最初に喜ばせる人は誰かを明確にすることが大事だということです。目の前の『この人』に目を向け、その人が『本当はこうしたかった』と思うことをかなえてあげるのがデザインです。泥臭いことを面倒くさがらずに取り組まないとユーザー理解には到達できませんし、そのプロセスは大変ですが、知らない世界を垣間見られる楽しさ、興味深い発見があります。一つひとつ検証しながら生まれたデザインが、誰かをエンパワーメントするとき、サービスデザイナーとして一番のやりがいを感じます」

その意味で、「他者中心」「隣人に寄り添う」といったMastery for Serviceの考え方がデザインにも生きていると、前田さんは話す。「普段は意識していませんが、こうして振り返ってみると、自分の中に関学の精神が浸透していることにあらためて気づきます」

「まず目の前の一人が変わらないと世界は変わらない」と話す前田さん。デザインの考え方で人のためになることをしたいという熱意が伝わってきた。

現在、新規事業の立ち上げ支援だけでなく、サンフランシスコでのデザイン思考研修のファシリテーションなどを通して、人や組織の育成も担当している。仕事をする中で、さらに上位の経営戦略にもデザインの考え方を使っていきたいという想いが芽生えたという前田さん。経営とデザイン思考を接続する方法を学ぶため、海外の大学院への進学も考えているという。

「社会人になって7年、誰かが本当にやりたいことをかなえるデザインをずっと追い求めてきましたが、それを通じて自分がやりたいこともかなえられている気がします。まだまだ学ばなければならないことばかりですが、デザインによって他者も自分もエンパワーメントできるよう、挑戦し続けたいと思います」